人工細胞で、細胞の両端を往復する波が出現する仕組みを解明―波を「作る」因子は周回する波に、「壊す」因子は往復する波の発生に寄与:慶應義塾大学/東北大学/産業技術総合研究所
(2022年6月9日発表)
慶應義塾大学の藤原 慶(ふじわら けい)准教授、土井 信英(どい のぶひで)教授、同大学院の高田 咲良(たかだ さくら)修士学生、東北大学の義永 那津人(よしなが なつひこ)准教授(兼・産総研)の研究グループは6月9日、微生物を模した人工細胞を使って、細胞が分裂する際に、細胞の端と端とを「たんぱく質の波」が繰り返し往復移動する仕組みを解明したと発表した。
生命の基本要素である細胞はひとたび壊されると元の生きた細胞には戻せない。なぜ戻せないのか。こうした謎を分子生物学で解明し、将来は生きた細胞の再構成などを目指す挑戦的な研究が進んでいる。
「合成生物学」、「構造生物学」、「人工細胞工学」などの専門分野のホットなテーマだ。「生命とは何か」の究極の疑問に迫るとともに、将来は自己複製する人工細胞や、「たんぱく質の波」を利用して物質や情報を運ぶ「分子ロボット」への応用なども目論んでいる。今回の研究はその基礎的な成果の一歩となった。
生きたバクテリアの細胞は、中央に分裂環を作ることで左右対称の分裂をしている。たんぱく質のMin波(MinDとMinE)が振り子のように往復する「たんぱく質の波」によって細胞の中心を決定している。
人工細胞は、生きた細胞の構造をまねて作製したもので、脂質分子が向き合った内部に物を包める膜状構造をした物質(小胞)があり、その中にたんぱく質やDNAなどの生体分子を入れた。
これまで人工細胞の中に、たんぱく質Min波の構成要素を閉じ込め、Min波を人工的に作り上げる仕組みを検証してきた。ところが人工細胞内では、膜の上を時計の針のように回転し「周回する波」が多く現れて、生きた細胞のように振り子型に「往復する波」が解明されず、細胞の中心が決められなかった。
研究グループは今回、人工細胞内で発生させたたんぱく質の波の中の「波を作る因子」(MinD)と「波を壊す因子」(MinE)のバランスで、波の動きの種類が切り替わることを見つけた。
波を作る因子が多い時は、2つの因子が細胞膜上を移動し、時計のように周回する波となる。波を壊す因子がわずかに増えると、波は一時的に消えたり、別の場所に新たな波が生まれたりすることで、往復する波が発生することを明らかにした。
波を作る因子と壊す因子は、その活性度や人工細胞内の位置関係で変化する。2つの因子のバランスを変えることで周回する波と往復する波を制御できることが分かった。さらに2つの因子のバランスを時間的に徐々に変化させると、周回する波から往復する波に転換できることも明らかにできた。
これらの実験結果は理論解析でも裏付けられ、波を作る因子と壊す因子のバランスが、生命現象に関わる細胞内分子の位置決めに重要であることが示された。
細胞の中心を決める「往復する波」は、その構成因子と壊す因子が絶妙なバランスとなることで初めて出現することも明らかにできた。こうしたことから、分子の動きや位置決めが必要な生命の設計図は、構成要素の強弱バランスによって成り立っていると思われる。