福島の放射性セシウムの濃度変化を数理モデルで予測―原発事故から10年、樹種や気温差で放射線の減少速度が違う:国立環境研究所ほか
(2023年5月15日発表)
(国)国立環境研究所 地域システム領域の仁科 一哉主任研究員と(国)森林総合研究所 立地環境研究領域の橋本 昌司主任研究員らの研究グループは5月15日、福島県内の森林の地表(林床)の落ち葉などを測定し、放射性セシウム(セシウム137)の20年間の濃度変化を広域で推定したと発表した。セシウムは事故後、速やかに減少しているものの、広葉樹と針葉樹で減少速度が違った。気温の低い山岳地帯では減少速度が低かった。今後のセシウム量の正確な把握と流域生態系の汚染管理に役立てる。
2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故によって東日本を中心に森林生態系が広くセシウム汚染された。森林生態系や河川流域の動植物のセシウム汚染の動向を知るために、福島県内の林床の有機物のモニタリングを実施してきた。広域汚染の実態や事故後の変化はこれまで明らかでなかった。
国環研が独自に開発した放射線生態学モデル「FoRothCs」による数値シミュレーションで、1m2当たり1万ベクレル以上の高濃度のセシウムが見つかった森林を対象に、事故後20年間の時間・空間分布の変化を計算した。このモデルは森林の年齢や気象要因などの条件を投入すると、森林内のバイオマス成長や有機物の分解が分かる。今回は250m四方の空間解像度で計算した。
原発事故で飛散したセシウムは、コナラなどの落葉広葉樹林では直接林床に沈着し、スギなどの常緑針葉樹林では林冠の葉に多く沈着した。さらに雨でセシウムの多くは洗い流され林床に移動し、有機物の分解や雨で土壌物に移り、樹木の根から吸収されて再び林間の葉に戻る循環を繰り返していた。さらに糸状菌などの微生物により、土壌から上方の有機物層へ移動する過程もあった。
数理モデルでは、こうした樹木と有機物層、土壌をめぐるセシウムの複雑な流れから林床の濃度を計算し、セシウム濃度の広域分布を初めて推定した。
地理的には、原発に近い福島県東部の浜通りで事故直後に高い値を示した。林床のセシウム濃度の推定値は、落葉広葉樹林が常緑針葉樹林より高かった。これは落葉広葉樹が初期に沈着するためと考えられる。10年たつとセシウムの物理学的半減期(約30年)を大きく上回る速度で減少し、常緑針葉樹林の濃度が高く出た。
また、平均気温などの環境要因がセシウム濃度にどう影響しているかを調べたところ、2021年以降は年平均気温が高いと濃度が低くなる負の相関があった。気温の低い山岳部では相対的に高く出た。有機物の分解が遅いためセシウムが溜まりやすいためで、気象要因による地点間格差を明らかにした。
2020年に実施された国際研究の6つの異なる放射線生態学モデルを相互比較した。観測結果と概ね一致した反面、将来予測ではモデル間で大きく異なり、高い不確実性があることが指摘された。
汚染された生態系の今後の管理では、標高や植生分布の違いも考慮し、ホットスポットになる地域の変化を明らかにする必要があるとしている。