鉄粉を加えると生漆が黒漆に変わる謎を解明―漆にX線、放射光、中性子線をあてて内部構造を解析:日本原子力研究開発機構/ J-PARCセンターほか
(2024年3月5日発表)
(国)日本原子力研究開発機構とJ-PARCセンター、明治大学の共同研究グループは3月5日、生漆(きうるし)に鉄粉を加えると美しい黒漆(こくしつ)になる謎を解くことに成功したと発表した。黒漆に彩られた歴史的資料の解析や、漆を用いた機能性材料の開発などへの貢献が期待されるという。
日本の伝統工芸として馴染みの深い黒漆は、ごく微量の鉄を生漆に加えると得られることが古くから知られ、耐水性や耐薬品性に優れたスーパー塗料として日用品や装飾品などの塗装に用いられてきた。
生漆の主成分はウルシオールと呼ばれる物質で、漆はこれと水(~30%)から成る。ただ、漆の構造や反応はこれまでほとんど解明されておらず、黒漆はなにゆえ黒色になるのか、そのメカニズムや黒漆の内部構造は現代でも謎として残されてきた。
共同研究グループは今回、大型放射光施設SPring-8や大強度陽子加速器施設J-PARCといった世界最高レベルの加速器施設を用い、これらの施設から放出される放射光、X線、中性子線を使って漆の内部の化学構造などを観察した。
SPring-8によるX線照射実験で、漆内の鉄イオンがすべて3価であることが分かった。また、鉄原子とウルシオールが化合物を形成していることが観測された。J-PARCに設置されたビームラインによる中性子線、X線の照射実験を通し、黒漆膜中の鉄イオンの化学状態やナノ構造の解析に成功した。
生漆膜と黒漆膜に含まれるナノ構造の組成は全く異なることが判明、理論計算の結果、生漆膜ではウルシオールのアルキル鎖が配列していること、黒漆膜では鉄イオンまたはウルシオールのベンゼン環の部位が配列していることが分かった。
これらの結果から、黒漆が黒色をつくるメカニズムとして一つの仮説が浮上した。生漆に鉄イオンが添加されるとウルシオールのベンゼン環の部分が活性化されて反応が進み、ベンゼン環部位が連なっていく。この連なりで可視光が吸収されやすくなり、その結果として黒色になると考えられるという。
今回、漆に添加する金属イオン種や量を制御すると漆を触媒技術などに生かせる可能性が示唆された。また今回確立した分析手法は歴史資料の非破壊検査に役立つとしている。