重粒子線がん治療に新技術―新型加速器で最適照射を小型・低コスト化:高エネルギー加速器研究機構
(2017年5月25日 発表)
高エネルギー加速器研究機構(KEK)は5月25日、体内深部のがんを狙い撃ちする重粒子線がん治療の新技術を開発したと発表した。加速する粒子の速度を自由に変えられるデジタル加速器に炭素イオンを直接入射、閉じ込めることに世界で初めて成功した。大型入射装置を必要とせず小型・低コストの装置で重粒子線が得られるため、医療用のほか新材料や生命科学の研究にも応用できると期待している。
重粒子線がん治療は放射線治療の一種で、電子線やX線のかわりに炭素イオンなど電気を帯びた重い粒子を加速して患部に照射・治療する。正常組織をあまり傷つけずに体内の一定の深さにあるがん組織を集中的に攻撃できるため、患者にあまり負担をかけないがん治療技術として注目されている。
高エネ研の高山健研究員(名誉教授)らの研究グループは粒子加速器の新技術「デジタル加速器」に注目、小型・低コスト化が可能で、より治療効果の高い新しい重粒子線がん治療技術の開発に挑戦した。デジタル加速器は半導体でパルス電圧を生成して荷電粒子を誘導加速するもので、粒子を加速器に導く特別な入射器なしにさまざまな速度に加速できる特長を持っている。
研究グループは今回、200kV(キロボルト)の電圧をかけた黒鉛にレーザーを照射、まず炭素原子から電子をすべてはぎ取った完全電離炭素イオンを生成。これを周囲の長さ38mのリング状のデジタル加速器に直接投入した。その結果、炭素イオンを周回時間8µ秒(マイクロ、1µ秒は100万分の1秒)で加速器内に安定的に閉じ込めることに成功した。
デジタル加速器は重粒子イオンを直接導入できるほか、閉じ込めたり加速したりすることも別々に自由にできる。そのため従来の円形加速器「シンクロトロン」では不可能だった重粒子線のエネルギーを高速かつ連続的に変えられ、照射中に位置や形が変わるがん組織にも柔軟に対応して最適の条件で治療できるという。
研究グループは「新しいタイプの重粒子線がん治療装置の開発につながる」と期待している。