窒素循環の要の酵素の全原子構造を解明―酵素の大規模結晶を作り中性子線で結晶構造解析:量子科学技術研究開発機構/大阪大学/茨城大学ほか
(2020年2月10日発表)
(国)量子科学技術研究開発機構と大阪大学、茨城大学の共同研究グループは2月10日、地球における窒素循環で重要な役割を担っている酵素「銅含有亜硝酸還元酵素(CuNIR)」の全原子構造を解明し、焦点の反応機構を明らかにしたと発表した。量子化学計算による理論予測を裏付ける成果で、大気・水環境や農業環境に対する理解の深化をはじめ、環境の改善への貢献が期待されるという。
地球上の窒素は土壌や水域、動植物の体内など各所に窒素化合物として存在し、微生物の「脱窒」と呼ばれる働きによって窒素ガス分子へと段階的に変換され、大気中に放出される。
この「脱窒」は様々な酵素によって担われているが、なかでも亜硝酸イオンを一酸化窒素ガスに変える亜硝酸還元反応を行う酵素CuNIRは、脱窒過程のカギ酵素と呼ばれており、この酵素の反応実態の解明が30年来の研究課題になっていた。
酵素のようなたんぱく質物質の全原子構造の解析には、通常X線結晶構造解析が用いられるが、酵素CuNIRを構成している原子の約半分は、X線結晶構造解析法では観察が困難な水素原子で占められており、これが、この酵素の立体構造や反応機構の解明を妨げる大きな要因だった。
研究グループは今回、CuNIRの高品質な大型結晶を作製、炭素や窒素原子並みに水素原子も観察できる中性子結晶構造解析法を用いてCuNIR酵素の観察を試みた。作製したCuNIRの大きさはX線結晶構造解析で用いる結晶の約1万倍に達した。
中性子解析の結果、水素原子を含む全原子から成る結晶構造を高解像度で決定することに成功、酵素の活性中心に存在する銅イオンには、従来考えられていた水分子ではなく水酸化物イオンが結合していることを発見した。
また、得られた構造より、活性中心周囲に存在するアミノ酸や水分子上の水素原子の位置をすべて特定することに成功した。CuNIRの反応機構については、量子科学計算で「亜硝酸イオンが水素イオンを得て、NOが解離し、水酸化物イオンが銅イオンの上に残る」と推定されてきたが、それを支持する結果が今回の観察で得られた。
これらの新知見は、CuNIRによる化学反応を適切に促進・抑制できる技術の開発の基盤となるもので、将来的には、肥料として環境中に過剰流入した窒素化合物の低減による土壌・水質汚染の改善や、一酸化二窒素ガスのような二酸化炭素をしのぐ温室効果ガスの低減による大気環境の改善などへの貢献が期待されるとしている。