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生体膜には運動状態が異なる3種類の水がある―金属イオンの付着によって3種の水の存在比に変化:J-PARCセンターほか

(2020年3月30日発表)

 高エネルギー加速器研究機構(KEK)とJ-PARCセンター、(一財)総合科学研究機構中性子科学センターの研究グループは3月30日、生体膜の主成分であるリン脂質二重膜に水和する水を中性子散乱実験で調べたところ、運動状態の違う3種類の水が存在すること、また、マグネシウムイオンや鉄イオンが二重膜に付着すると、3種類の水の存在比が変わることが分かったと発表した。

 生体内にはカルシウムやマグネシウム、鉄、亜鉛など各種の金属イオンがごく微量存在し、それらが生命の活動・維持に必須の重要な役割を果たしていることが知られている。また体内に大量にある水も生物には必須であり、生体分子と金属イオン、それと水との関わりを明らかにすることが生命理解に重要になっている。

 研究グループはこの解明に向け、今回、リン脂質二重膜に付着した金属イオンによる水和水の状態変化の様子を中性子散乱により調べた。

 細胞などを覆っている生体膜は、リン脂質二重膜がその基本構造。リン脂質は水に馴染む親水基に、油に馴染む疎水基の炭化水素鎖2本が付いた棒状の形をした分子から成る。水の中では疎水基が膜の内側に列をなして並び、親水基が外側に面状に並んで二重膜を形成する。

 実験はJ-PARC(大強度陽子加速器施設)で得られる中性子を用いて実施。まず、リン脂質二重膜に水和する水を調べた。水和は溶質分子などが水分子と相互作用して水の中に拡散する現象で、溶質に結び付いた水を水和水という。

 実験の結果、リン脂質膜に水和している水分子には3種類あること、その一つはリン脂質の親水基に付着してリン脂質分子と一緒に動いている「強結合水」、もう一つはそれよりも10倍速く動いている「弱結合水」、残りは、それよりもさらに10倍速く、液体の水とほぼ同じ速さで動く「自由水」であることが見出された。

 次に、この実験系にカルシウム、マグネシウム、鉄の塩化物を加えて、運動状態が異なる3種類の水和水の分子数がどのように変化するかを調べた。その結果、塩化カルシウムを加えた場合は3種類の水のそれぞれの数は変わらないのに対して、塩化マグネシウムと塩化鉄の場合は「強結合水」の数が2倍程度になることが分かった。また、「弱結合水」の数は変わらないことも分かった。

 つまり、「弱結合水」の形成には金属イオンは関与せず、リン脂質の親水基の性質で決まっていることが示唆されたという。これらの研究成果は今後、生体親和性の原理の解明や、医用材料の開発につながることが期待されるとしている。