複雑な農業生態系のデジタル化に成功―熟練農家の匠の技術が可視化できる:理化学研究所ほか
(2020年6月9日発表)
(国)理化学研究所などの共同研究グループは6月9日、農業生態系の植物-微生物-土壌の複雑なネットワーク(連係)をデジタル化して、熟練農家に伝承されている匠の技術を可視化できるようにしたと発表した。コマツナの生育に応用して収量を1.7倍に大幅アップできることを示したという。
1960年から2000年にかけて世界の農地面積はほぼ一定だった。にもかかわらず、窒素化学肥料の使用量は8倍にもなっている。
このような背景から2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」は土壌の豊かさを維持しつつ、いかに食料を持続的に生産していくかを世界の喫緊の課題に採り上げている。このため、環境低負荷型の農業の実現に向け農業生態系をトータルで理解する必要性が指摘されている。
しかし、農業生態系は、植物と微生物と土壌が複雑に関係していることから、これまでの各階層の解析では農業環境の実態を部分的にしか解明できないでいる。
今回の研究を行ったのは、理研と福島大学、東京大学、筑波大学、長浜バイオ大学、ベジタリア(株)のグループ。マルチオミクス解析と呼ばれる手法を用いて複雑な農業生態系をデジタル化することに成功し、千葉県八街市の篤農家(とくのうか:優れた農業技術を持つ農家)が実践している有機農法に着目、その農業生態系をデジタル化し解析して栽培を試みた。
その圃場(ほじょう)では、耕した畑をビニールシートで数十日間覆う太陽熱処理という手法で土壌中の病害虫や雑草の種子を死滅させ農薬を使わずに良好な土壌環境を維持するようにしている。
実験では、太陽熱処理を行った場合と同処理を行なわない場合の試験区を設け、太陽熱処理によって農業生態系を構成する植物-微生物-土壌がどのように変化するかをデジタル化してコマツナの栽培を実施した。
その結果、太陽熱処理は、土壌の環境を大きく変化させることが分かり、コマツナの収量をおよそ1.7倍に増加させる成長促進効果があることが判明した。その上①同処理は土壌全体の細菌でなく、作物の根の周りに生息する細菌に大きく影響を与えている、②同処理により作られた有機態窒素(炭素を含む窒素化合物)は栄養源として利用されながら生理活性物質としても機能している、ことなどが分かったという。
研究グループは、農業生態系のデジタル化を「篤農家の匠の技として伝承されていた有用な作物生産技術などを科学的に可視化する新しい手法」と位置付け、農業を工業的センスで推進する「農業環境エンジニアリング」が拓かれると期待している。