一つの共生細菌が昆虫の成長段階で異なる働きをもつ―昆虫の変態への細菌の影響を知り、新たな害虫防除法に応用の可能性も:産業技術総合研究所
(2020年6月11日発表)
ドイツの大学・研究機関と(国)産業技術総合研究所の深津武馬首席研究員、福森香代子元日本学術振興会特別研究員(現在(国)国立環境研究所博士研究員)は6月11日、湿地に生息する昆虫ネクイハムシ類にだけ共生する細菌のゲノム解読と機能解析を実施し、この細菌が同じ昆虫の幼虫と成虫に対して全く異なる働きをしていることを初めて発見したと発表した。共生細菌を標的にした新たな害虫防除法の開発につながることが期待される。ドイツ ヨハネスグーテンベルク大学、マックスプランク化学生態学研究所、ハンブルグ大学との共同研究による。
例えばチョウの幼虫は植物の葉を食べ、成虫になると花の蜜や樹液を吸うように、昆虫は成長段階によって異なる食物や環境を利用しているものが多い。これは成長段階に応じて、体内の共生微生物が重要な寄与をしていることは知られていたが、昆虫の変態との詳しい関わりは分かっていなかった。
多くのハムシ類は幼虫も成虫も同じ植物の葉を食べるが、ネクイハムシだけは幼虫段階で水中植物の根から汁を吸い、成虫になると陸上で葉を食べる特異な生態を持っている。ネクイハムシ類の共生細菌は遺伝子の配列から「マクロプレイコーラ」と学名が付けられたものの、生物学的機能は不明であった。
そこで研究グループは、日本と欧州のネクイハムシ類4種26属の共生細菌のゲノム配列を決定し、そこから推定される共生細菌の生物機能の解明に取り組んだ。
ゲノムの大きさは45~52万塩基対で、大腸菌ゲノムの460万塩基対と比べ1/9〜1/10程度に縮小し、細菌の生存に不可欠な複製、転写、翻訳に関わる以外の代謝系や遺伝子の多くが失われていた。
保存されていたのは、たんぱく質合成に必要な「必須アミノ酸の合成系遺伝子群」と、準必須アミノ酸である「チロシンの合成系遺伝子」だった。こうした特徴は、糖類が含まれる植物の汁だけを吸って生きているアブラムシやセミ、ヨコバイなどの共生細菌ゲノムとよく似ていた。
植物の汁だけを吸って生きるネクイハムシ類の幼虫は、共生細菌が供給する必須アミノ酸を使ってたんぱく質を合成して、成長すると考えられる。
またこの共生細菌ゲノムには2種のペクチン分解酵素遺伝子があり、酵素活性を示した。ネクイハムシの成虫は、共生細菌がペクチンを分解することで、葉を消化していると考えられる。
ガマやヨシ、スゲ(ペクチンが少ない)などを食べるネクイハムシ類の共生細菌ゲノムには、しばしばペクチン分解酵素遺伝子が見つからないことから、進化の過程で失われたと推定された。
これらの結果から、ネクイハムシ類の共生細菌は必要のないゲノムが大幅に縮小し、必須アミノ酸など栄養素合成と、ペクチン分解酵素の生産という2つの機能に特殊化していることが明らかになった。
昆虫が幼虫から成虫に変態する過程では、形態、生理、生態ともに大きく変化する。今回は1種類の共生細菌が、同じ昆虫の幼虫と成虫とで全く異なる生理機能を担っていることが見つかった。
これは共生進化の過程で多くの遺伝子を失いゲノム収縮する中で、幼虫と成虫段階でそれぞれに必須な機能遺伝子だけが維持されてきたものと推定される。
昆虫の変態に伴う暮らし方の変化に共生細菌がどのように関わっているかを解明した成果となった。