[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

トピックスつくばサイエンスニュース

タイミングよくエサ場を見つけ移動する海洋性バクテリアを発見 ―進化で獲得した微生物の知的能力は予想以上に高度:筑波大学

(2020年9月22日発表)

 筑波大学生命環境系の八幡穣助教の研究グループは9月22日、海洋に住む微生物(バクテリア)が良質なエサ場を求め最適なタイミングで移動していることを、幾つかの実験と数理モデルで明らかにしたと発表した。ある種の微生物のもつ知的能力が予想以上に高度である可能性が高いと考えられる。

 鳥や昆虫などの生物は、適切なタイミングで古いエサ場から新しいエサ場に移動しながら最も多く採餌するように行動している。こうした行動を表す数学的モデルとして「最適採餌理論」があり、多くの鳥や昆虫の行動がこの理論にうまく合った形で観察されている。

 しかしエサ場とエサ場の間の距離を長期的に記憶するためには高度な能力が必要となる。バクテリアなどの微生物には高い認知能力がないため、秩序だった行動が見られないとするのが通説だった。

 海水中には、栄養スポットと呼ばれる微小なエサ場が存在する。微生物はこのような場所を回遊しながら有機物を取り込んでいる。

 たくさんの海洋微生物の採餌行動を調べる中で、研究グループはひときわ賢い動きをする細菌(V.ordarii)を発見した。栄養が豊富な沿岸部の海域に住む富栄養性細菌の仲間で、鞭毛(毛状の細胞小器官)をスクリューのように回転させながら高速で遊泳し、海水中のエサ場を敏感な嗅覚で探し回る能力を持っている。

 エサ場の栄養は、通常は時間と共に海水に溶け出して薄まるため、質は自然に劣化する。細菌の仲間には、エサが劣化しても同じ場所に居座る「長居型」と新鮮なエサ場を探し回る「移動型」のタイプがあるが、発見した“賢い微生物”は新鮮で質の高いエサ場だけを選んで定着し、栄養分が少なくなると積極的に新しいエサ場を探しに移動するという「第3のタイプ」だった。

 研究グループは顕微鏡のステージ上に人工のエサ場を作り、個々の微生物の滞在時間を分析する装置を開発した。ビデオ顕微鏡と画像解析技術を使い約1,000細胞による滞在時間を同時に観察し、分析した。

 その結果、“賢い微生物”がエサ場にとどまる時間は、エサ場の質(寒天に染み込ませた栄養の初期濃度)に応じて大きく変化した。質が高ければ長くとどまり、低ければ滞在は短い。さらに滞在時間の変化を調べると、最初のエサ場の質によってエサ場を離脱する(変動する域値)ことが、精密な追跡解析から明らかになった。

 さらに生態学の「最適採餌理論」とエサ場の滞在時間を比較した。微生物の滞在時間はそれぞれのエサ場の質を認識できた。しかし「エサ場間の距離」のような抽象的な認識は微生物には無理であり、この制約をどのように乗り越えたかの解明にも挑んだ。

 数理モデルによる分析を実施したところ、滞在時間は「エサ場間の距離」が変化しても、1日当たりのエサの収穫量が常に高いレベルに維持できるような絶妙なタイミングに設定されていることが分かった。これは微生物が海洋環境で進化するうちに遺伝的にプログラムされ、不利だった点(認知能力)を進化によって克服したと考えられる。

 実験によって、この微生物がエサ場の質に応じて滞在する時間を調整し、時間あたりのエサの収穫量を飛躍的に向上させていることを明らかにした。移動のタイミングを巧みに調整して、遥かに効率的に餌を集めていた。他の微生物と比べて最大10倍もの栄養を得ることができるとみている。

 微生物の採餌行動を数学モデルで説明できたことで、生物の理解がさらに進めば、地球温暖化によって海洋微生物の生態にどのような変化が起こるかの予想モデルの構築などにもつながるとみている。