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干からびても死なない「ネムリユスリカ」の秘密明らかに―水無しで生き延びるために必要な物質とその役割を解明:農業・食品産業技術総合研究機構

( 2021年2月3日発表)

 (国)農業・食品産業技術総合研究機構は2月3日、カラカラに干からびても死なない生き物の「ネムリユスリカ」が持つ乾燥に強くなるために必要な物質とその役割を解明したと発表した。細胞や生き物など貴重なバイオ資源の長期保存を今のような冷凍・冷蔵に頼らず行えるようにする常温乾燥保存技術の開発につながるものと期待される。

 一般の生物は体内の水が抜けてしまうと死ぬ。しかし、ハエやカの仲間の小さな昆虫ネムリユスリカの幼虫は完全に水分が無くなって干からびても死なない乾燥無代謝休眠能力と呼ばれる機能を持っている。

 そのネムリユスリカが生息しているのは、乾季に入ると何カ月もの間雨が降らないアフリカのナイジェリアなどの岩盤地域。乾燥によりほかの生物が次々と命を落としていく中、ネムリユスリカの幼虫だけは乾燥して耐えることができる。そして雨季を迎え水に濡れると再び元の元気な幼虫に戻り成長を再開する。ネムリユスリカの幼虫はこの乾燥と蘇生とを繰り返している。

 農研機構はこの不思議な昆虫が持つ、干からびても死なない特殊な能力を調べることに取り組み、これまでの研究でゲノム(全遺伝情報)の配列を明らかにすると共に、乾燥特性に関連している遺伝子を解明して乾燥した状態の幼虫の体内に乾燥保護物質としてブドウ糖分子が2個結び付いた糖の一種トレハロースや乾燥耐性を持つたんぱく質(LEAたんぱく質)などが多く蓄積されていることを見つけている。

 そこで、今回さらに(国)理化学研究所、ロシアのカザン大学などと共同研究グループを組んでネムリユスリカの幼虫が乾燥の過程から再び水と接触する再水和の過程で蓄積される物質の同定(何であるかを突き止めること)とその役割の解明に取り組んだ。

 その結果、メタボローム解析と呼ばれる手法を使って乾燥幼虫の体内の組織や細胞に蓄積されている物質を網羅的に同定することに成功。乾燥の過程で幼虫の体内にトレハロースが蓄積され、再水和の過程でそのトレハロースが分解されることでグルコースができて蘇生した幼虫のエネルギー源になるという一連の役割を解明した。

 研究グループは「メタボローム解析で明らかになった物質を利用することで、細胞や組織の乾燥耐性を向上させる方法開発への道が開けた」とし「本研究の成果はエネルギーフリーな生物素材の保存系構築に貢献する(もの)と期待される」と語っている。

 つい先頃も大規模停電になる危機があったが、電力に頼らない細胞の常温乾燥保存技術はバイオ分野の次世代テーマの一つ。20世紀末から世界的に注目され米国を中心に技術の構築が試みられてきた。しかし、未だ実現には至っていない。