高エネルギー加速器研究機構と(独)日本原子力研究開発機構は6月14日、遷移金属化合物の有用な性質の鍵を握っている遷移金属原子中の電子の軌道状態を識別する手法の開発に成功したと発表した。
この手法を用いると幾通りかの軌道状態を区別した上で、遷移金属化合物の性質や振る舞いを調べられるため、高温超伝導などの機能発現の仕組みの解明などに役立つとしている。
遷移金属化合物は、銅やニッケルなどの遷移金属元素を含んだ化合物のことで、高温超伝導を示す銅酸化物や巨大磁気抵抗効果を示すマンガン酸化物など、有用な性質を示す物質が数多く存在する。遷移金属原子中の「d電子」と呼ばれる不対電子(対を作っていない電子)が電気伝導や磁性などの物性を担っており、高いエネルギー状態に励起されたd電子の幾通りかの軌道状態(d電子の広がり方)が遷移金属化合物の性質を決める上で重要な役割を果たしているとされている。
近年、放射光X線を用いてd電子の運動状態(エネルギーと運動量)を調べる「共鳴非弾性X線散乱法」という実験手法が登場しているが、d電子の軌道状態を実験で区別するのは困難だった。
研究グループは今回、非弾性X線散乱における偏光特性を調べれば軌道状態を識別できるのではないかと考え、散乱X線の複数の偏光成分を分離し測定できる偏光解析装置を製作、兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」のX線非弾性散乱分光器に設置した。遷移金属化合物の試料として銅フッ化物(KCuF3)の高品質な単結晶を用意し、これに放射光X線を当て、試料によって散乱されたX線の偏光成分を偏光解析装置で分離、測定した。
その結果、軌道状態を変える散乱は、スペクトルの1.0電子ボルトから1.5電子ボルト辺りに観測され、その内の1.0電子ボルトと1.4電子ボルトの励起は共鳴非弾性X線散乱において異なる偏光特性を持っており、それを調べることでd電子の軌道状態を変える励起の識別ができることを確認した。
新手法の開発により今後は理論計算に頼らず実験だけで物性に関わる電子軌道状態を決定できるようになるため、遷移金属化合物の物性発現機構解明の加速が期待されるとしている。